かつて「琉球国」と呼ばれていた沖縄県は、日本最南端に位置する島々からなる都道府県です。約160の島々で構成されていて、島ごとに文化や雰囲気が異なります。沖縄県は、元々日本の一部ではなく、独立した国でした。江戸時代(1603〜1868年)には、日本や中国の文化を取り入れながら、独自の琉球文化を築き上げました。日本と共通する部分もありますが、異なる文化も多く残る独特な地域です。明治12年(1879年)に正式に日本の都道府県になりましたが、その後、昭和20年(1945年)の第二次世界大戦中にアメリカに占領され、日本の領土ではなくなりました。そして、最終的に、昭和47年(1972年)に日本へ返還されました。
沖縄県の食べ物は、何を食べても美味しいです。かつてアメリカの占領下にあった影響から、日本料理とアメリカ料理が融合した独特な料理文化が発展しました。その代表的な料理の1つが「タコライス」です。タコライスは、アメリカで広く親しまれているメキシコ料理「タコス」の具材(レタス、トマト、挽き肉、チーズなど)をご飯の上に載せて食べる丼風の料理です。また、アメリカで広く親しまれている「スパム」という加工肉を使用した料理も数多くあります。伝統的なチャンプルー料理(炒め物)に加えたり、おにぎりに入れたり、握り寿司のネタとして使用されたりするなど、その調理方法はとても豊富です。
日本では、八百万(やおよろず)の神が存在すると信じられています。代表的な神は、太陽の神である天照大御神(あまてらすおおみかみ)で、日本神話において最も重要な存在として信仰されています。沖縄県には、「シーサー」と呼ばれる守り神があり、神聖な存在として広く親しまれています。シーサーは、古代中国から伝わったライオンを起源とする「獅子」が元になった存在です。獅子は主に神社や寺院の前に置かれることが多い一方で、沖縄県ではシーサーを至る所で見ることができます。狸の置物のように店先や家の前に置かれたり、鯱(しゃちほこ)のように屋根の上に飾られたりし、沖縄県を象徴する存在です。小さな置物から、日本庭園に置かれるような大きなものまで、様々なシーサーが土産店で販売されていて、沖縄県の人々にとっていかに身近な存在であるかがよく伝わってきます。
日本各地には、歴史ある伝統楽器が数多くありますが、沖縄県ならではの楽器も存在します。その1つが「三線(さんしん)」です。三線は、日本の伝統楽器である三味線(しゃみせん)に似ています。しかし、三味線よりもやや小型で、弦が太いのが特徴です。また、三味線のように撥(ばち)を使用して弾くのではなく、指で弾いて演奏します。その独特な演奏方法により、温かみのある独自の音色が生み出されます。近年では、三線を使用した楽曲が大ヒットしたこともあり、沖縄県の音楽文化は全国的に知られるようになりました。その代表例が、桐谷健太の『海の声』です。沖縄県発祥の楽器でありながら、現在では日本各地でも見かけるほど広く知られる存在になっています。沖縄県では、観光客向けの三線教室も開かれ、実際に演奏を体験することができます。伝統的な楽器に触れる体験は、きっと忘れられない思い出になるでしょう。
現在では世界中で学ばれている沖縄県発祥の武道があります。それが「空手」です。漢字の通り、空手は武器を使用せず、素手で行う武道です。15世紀頃に成立したと言われていて、当時、中国拳法の影響を受けたとされています。その後、19世紀後半には、「手(てぃー)」と呼ばれる琉球独自の拳法が確立しました。そのため、空手は元々「唐手」と表記され、「唐」は中国を意味していたのではないかと考えられています。空手が世界的に広まった背景には、第二次世界大戦後の歴史が大きく関係しています。沖縄県に駐留していたアメリカ兵の間で空手が広まり、帰国後にアメリカや世界各国へ伝えられました。現在では、日本国内にも多くの道場があり、学生から社会人まで幅広い世代の人々が空手を学んでいます。
沖縄県は、日本の他の都道府県から離れた場所にあるため、決して気軽に訪れることができる場所ではありません。また、公共交通機関が限られている観光地なども多く、観光にはレンタカーが必要になる場合もあります。しかし、ここでしか見られない文化や食べ物が数多くあり、日本の他の地域にはない魅力に溢れています。近年では観光客も増加していますが、東京都や京都府のような定番観光地と比較すると、まだ海外では十分に知られているとは言えません。しかし、沖縄県には他では味わえない独特な歴史や文化、そして、温かい雰囲気があります。日本を旅行する時には、是非沖縄県を訪れ、この特別な文化に触れてみて下さい。